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こんなメールで始まりました |

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Wへ おはよう TKです 都筑房子さんは旧姓小川さんで土佐高美術部の2年後輩。とてもおとなしいが美術への取り組みは自分よりも数段上をいってたよ。夏に高知に戻って俄かに集まって開いた展覧会での作品が、朽ちた厚板に空気銃をたくさん打ち込んだものだった。ショックだったよ。そういう仕事をしていた。 高崎先生と合同で展覧会をするのもよおく納得がいく。頑張ってるネエ。うれしいねえ。 -------------------------- Wへ 続きでTKです 美術をやる後輩ではこの都筑さんや向井隆豊くんがいる。向井君も縦長の画面いっぱいに黄色い犬を正面から捉えた絵など描いて観に来られてた高齢の美術家を唸らせ“驚倒”という言葉が印象メモに残されたよ。 もし展覧会で都筑さんや高崎先生に会うことができればいいねえ。多分自分は行けないから宜しく。といっても、働きの悪い先輩だったし、その後もほとんど連絡せずなので、芳しい印象は持たれてないかもしれないけんどねえ・・hi -------------------------- Wさんへ 呼びかけに応じて、オバサンは腰をあげるかな。 高崎先生にはお世話になりましたので、久しぶりにお目にかかりたいから 日曜日の午後1時頃、現地集合ですか? 山田美術館は、はてさてどこかしら・・・・駅から東か西か南か北か チョット教えていただければ助かりますが。 -------------------------- Yです。 やあ、うれしいね。 Aさんは***ですか? 私がマイカーで順番にひろっていきましょうか。 美術館は山田の桜で有名な八王子宮ですが、ご存じかな? 駅からは北東方向かな。 -------------------------- Yさんへ。 Aです。早速にありがとうございます。 居場所は、 ***です。拾っていただけるなら、お言葉に甘えてそうしますが。 -------------------------- Yです。 >Aさん では、そうしましょう。日曜の13:00に準備ができたら電話してください。 >Wへ そういうことじゃき、13:30ごろ店に行くよ。 -------------------------- 了解しました。 宜しくお願いします。 W |

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TMです。おはようございます。 おばさんもご一緒したいけど、今のとこ、ご一緒できそうにないです。 校長先生や、浅井さんにもよろしゅうに・・・。 土佐山田美術館はこじんまりとして、雰囲気があって大好きです。 画才が花咲くように、八幡宮さまにもお願いしてくるといいよ。 ------------------------------ Yです。 明日は「物部川流域 .files」(高崎元尚・小原義也・ 都築房子・門田修充and安藤義孝さんたちの作品展)の鑑賞会ツアーです。 そこで館長さんのスケジュールを聞こうと思い土佐山田町立美術館に 電話した。ちょうどワークショップが終わり高崎元尚先生が電話に出られ 都合をつけて明日午後2時に美術館で待っていてくれることになった。 こうなるとオレ、W、Aさんの3名だけでは寂しいが、他に無理を しても同行してくれる人はいないかなあ。 ----------------------------- Yへ Mです 悔しいが行けないのだ!残念。どなたか同行しちゃって!皆さんに宜しく。 たぐっちゃん高崎先生の近影をリクエスト!わったんへ、ニュースありがとう。合同展の元エネルギー貯め込んできて!(勝手に決めてるが・hi) あとで感想聞かせてちょーだい。 ----------------------------- Tです。 残念。 今日は、合唱団の定演に向けたレッスン日で、行けませぬ。 八王子プラザに3月仕事に行ったとき、先生の作品が、玄関に、展示されていまし た。いや、作品を模写したものだったか。お名前は拝見した。 その日は夜のことで、見れなかったが、外にも以前は、先生の作品が展示されていた ように記憶している。 そうそう、ご子息が、杉井流で、胃腸科クリニックを開業されていますワ。 先生のお話&写真レポートを是非! 以上、Tでした。 |

というわけで、3人組は土佐山田町立美術館にやってきました。
約束の時間より少し早く着きました。

やがて約束の時間になり、高崎先生がおいでましたよ、との受付の声がしました。
大先生のおなりと、やや緊張が走りました。
しかし、お会いしたその瞬間に先生の目を見ると緊張は解けました。

優しい目と白い髪と髭。
やなせたかしにはかなわんなという香北のおじいちゃんでした。

カメラを扱っていると小さくて便利そうだと声がかかり、
そうなると、こんなこともできるんですよとみせびらかし。

在学当時の話から始まり、先生のスタート地点に話ははずみました。
Aさん感想
皆さんが感じたとおり先生は、年齢を感じさせないほどしっかりしており、
3人とも驚くとともに 一安心したものです。
さすがにながらくにわたり美術界に対し孤軍奮闘してきた方です。
終始柔和なまなざしで語ってくださいましたが、まだ古い体質を持ち続ける日本の
美術界に対する反逆精神は、ボウボウト今なお燃え盛っているようです。
これが若さの原動力とおもわれます。
Wの感想
今日はほんまにいい日和でした。美術館では高崎先生と1時間半も
お話が出来、まるで美術の時間を2時限ぶっとうしでやったというよう
な気分でした。 Yの写真でもわかるように先生は年をとられても
まったくあの頃の先生の顔に白い口髭を付けたぐらいで実に若々しく
お元気な様子でありました。 淡々とした口調で現代アートの解説を
して頂いたのですが、先生の根底には戦争体験とご自分の足の不都合
からの説明が多く感じられました。 私どもには芸術の世界はよく分らない
と考えがちですが、先生のおっしゃる言葉から推測するに、生い立ちや
環境 政治や社会の風潮 文化思想 あらゆる身の回りの出来事が
作品の源になるというふう説明を受けたように思いました。(下に続く)

ご自身の作品の中で、コンクリートを砕いた石片を道路に敷き詰めその
上を人が歩くというのがありますが(写真で展示)、この作品から十何年
経った後、ヒットラーの造った宮殿の床石を砕いて同じ様な作品を外国人
が造り評価を得たらしい。この事について時代と歴史的な要因を詳しく
説明して下さりアートにおける日本人の有様をかなり詳しくお話して頂き
ましたが、先生のいうアートの基本は日本の中では育たない、日本の中
では力不足だと言っているように受け留めました。 (下に続く)

お年よりもずっと若く見える先生と40年前の授業のことを私もYも
Aさんも思い出しながら語らうことが出来ました。(下に続く)

芸術院から脱皮する事、日本古来からの家元制度を廃止する事、既成の観念を捨てる事
などなどまだまだ意欲を持って語らう先生の心意気に頭が下がる思いでした。(下に続く)

Mのことも、Sのこともよく覚えており活躍しているのを聞いて嬉しそう
にしておりました。もし機会があればSにもこの事を伝えて下さい。
しばらくして美術館も込み合ってきましたので、おいとまする事としましたが
おわりに先生と今日の三人で記念撮影をしました。 私にとっては40年前の
授業がそのままよみがえったような気持ちで、この写真は私の宝物箱に大事
に保管されます。
どうぞ高崎先生お元気で さようなら。